展示期間 令和5年10月23日(月)~令和6年1月18日(木)
明治23年(1890年)3月の完成以降、今もなお現役の都市基盤施設として京都を支えている琵琶湖疏水は、京都と滋賀の関係を語る上で度々話題にのぼりますが、開削当時の人々はどのように感じていたのでしょうか。当館所蔵の資料を紐解いていくと、そこに切実な問題があったことがわかります。
明治16年(1883年)に、琵琶湖と京都をつなぐ琵琶湖疏水計画を京都府から知らされた本県は、それ以降どのような対応を行ってきたのでしょうか。また、人々にはどのような影響があったのでしょうか。
今回の展示では、この明治の一大プロジェクトを水の供給源である滋賀県の視点から見ていきたいと思います。
1 琵琶湖疏水計画のおこり | 2 疏水工事 | 3 県民への影響とその補償 |
4 琵琶湖疏水の完成 | 5 ポスト琵琶湖疏水計画 | 展示図録 |