滋賀県管内全図
西明寺境内見取図
神崎郡山上村役場簿書蔵置所
県庁周辺図(園城寺并付属地境内図)
滋賀県史(府県史料)
県名改称の布告

 

4-1「小学教員伝習所設立に付稟申書」 明治8年(1875)5月7日

 県権令籠手田安定が文部省に提出した教員伝習所の設立許可を求める上申書。すでに明治7年(1874)12月には、大津仮伝習所が設立されていたが、翌年5月に廃され、同年6月1日、新たに小学教員伝習所として上堅田町の旧郡山藩邸内に設立されることになる。官立大阪師範学校の卒業生横山昂蔵が招かれ、小学校教員の養成にあたった。同校は明治8年(1875)10月、滋賀県師範学校と改称される。 【明し163(2)】

 

4-2「共立学校(彦根学校)建条に付伺書」 明治9年(1876)3月10日

 学区取締外村省吾が県権令に提出した共立学校設立の願書。上等小学校・予科生徒の教場と愛知以北5郡の小学教員伝習場が設立目的に掲げられ、彦根藩主井伊直憲と集義社(法学教育中心の私塾)社員により資金が集められた。明治9年(1876)8月、彦根元川町に彦根学校として設立され、明治13年(1880)4月には、県下初の公立中学校(現彦根東高校)となった。【明し164-2(1)】

 

4-3「女子師範学校裁縫専修科課程表」 (明治15年(1882))

 明治15年(1882)7月に開校した女子師範学校の課程表。同校には普通女学科と裁縫専修科が設けられていたが、本表は後者のもの。明治初期の女子の修学実態は男子に比べて低く、就学率を上げるために、小学校の授業科目に裁縫科を設置する動きが出ていた。同校はその教員を養成するため設立されるが、明治18年(1885)には師範学校と合併し、師範学校女子部となった。【明い168(16)】

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