2-1「学制序文」 明治5年(1872)7月
太政官より発せられた日本最初の近代的学校制度を定めた教育法令の序文。従来の儒教思想に基づく教育は批判され、欧米の個人主義・実学主義の教育観が色濃く反映されている。「学問ハ身を立るの財本」であることが説かれ、学校教育を受けなければ、自らの身を立てその繁栄をうることができないことが強調されている。【明し161(1)】

2-2「立校方法概略」 明治6年(1873)2月8日
初代県令松田道之が小学校設立の方法を具体的に示した布達。原則として1区につき1校を設立し、学校入費は貧富に応じた戸別割とすることを定めた。一方で極貧者は出資を免除されたり、講や会社などを通じた多様な資金徴収の方法が示されている。他にも私学・私塾の活用や、校舎の民家・寺院の借り入れなど、民衆の負担を考慮に入れた柔軟な運用法が提示されている。【明い36(59)】

