5-1柳屋の写真 大正元年(1912年)頃
風光調査を担当した本多静六は、外国人を滋賀県に誘致するためには宿泊施設を整備すべきだと『滋賀県風光調査報告』で述べていますが、県内に良い旅館がなかったわけではありません。石山にあった柳屋は、鯉・鮒・鰻などの湖魚料理が美味で有名な料理屋兼旅館で、その名は京阪神地方に広く知られていました。石山寺詣でにやってきた観光客は、柳屋が提供する自慢の湖魚料理を楽しんだことでしょう。(『滋賀県がいどぶっく2』滋賀県所蔵)

5-2紅葉館の写真 大正元年(1912年)頃
石山だけではなく大津にもよく知られた旅館がありました。大津市にあった紅葉館は、湖南の遊覧客を満足させるために鎌田七兵衛が開いた料理屋兼旅館で、主人が楓をこよなく愛したことから「紅葉館」と名づけられました。三階は宴会用広間となっており、部屋から琵琶湖の景色を楽しむことができました。昭和初期には日本人の食事利用客が年平均で2万を超えており、旅館利用者は、大津・石山地域では突出していました(ちなみに柳屋は1万人弱です)。景色を楽しみながら食事を楽しむことができる旅館としてとても人気のある旅館だったようです。(『滋賀県がいどぶっく2』滋賀県所蔵)

