3-1「昭和32年2月15日解雇者状況について」 昭和32年(1957)2月15日
滋賀県駐留軍関係離職者対策本部第1回委員会において報告された解雇者の状況です。この年の7月には大津水耕農園が返還され、翌33年にはキャンプ大津司令部も返還されます。人員整理の対象は2月の段階で40名、平均年齢39.5才、滋賀県在住者23人となっており、職を失う労務者への対策は急務でした。【昭06-150(10)】
3-2「日本人労務者用宿舎の入居調査について」 昭和32年(1957)6月
キャンプ大津閉鎖にともない労務者解雇が実施されると、神出宿舎や坂本宿舎の人々は退去することになりました。この史料はその際に作成された調査書で、両居住者数の詳細が記されています。居住者の中には、病苦などのため退去に応じられず県と裁判に至る人などもおり、日本人労務者の失業や住居喪失の困難は、県にとっても大きな課題となりました。【昭06-111(4)】
3-3「離職者のしおり 滋賀県総務部外務課」 昭和32年(1957)12月15日
駐留軍から離職した日本人労務者のために、総務部外務課が作成したしおりです。相談の窓口、自営業を営むことや融資を受けるための方法、離職後の社会保険などについて説明しています。キャンプ大津の全面閉鎖を翌年1月に控える中、当時離職した労務者は約1,250名ほどおり、そのうち再就職を希望する人は約600人でした。【昭06-150(2)】



