2-1「駐留軍労務者の勤務時間について」 昭和27年(1952)7月23日
駐留軍関連の業務は、日本人労務者にとって社会保障や福利厚生などの面で、新しい社会的環境をもたらしました。男女平等や休暇取得などの制度は、当時の人々には目新しいものだったでしょう。この史料では、1週間の勤務時間が44時間に制限され、特別に48時間を超える場合は、業務管理下に属する部隊の地区司令部にのみ、許可の権限が与えられています。ただし、警備員や消防士、大津水耕農園の従業員などは、この規定から除かれていました。【昭06-109(1)】

2-2「連合国軍関係使用人管理厚生規程」 昭和20年代
特別調達庁労務管財部が発行したものです。県には総務部渉外課近江舞子出張所で使用されたものが残されています。各編には、労働基準法や労働組合、保険や福祉について記されており、日本人労務者の恵まれた労働条件がうかがえる一方、米軍本位の一面もあったため、後には新基本労務契約の改善へとつながりました。【昭06-127】

2-3「日本人労務者用採用通知書」 昭和32年(1957)10月
昭和32年10月5日、調達庁は関係都道府県知事に対し、占領期間中に作成された基本労務契約に代わって締結された、新基本労務契約の解釈および運用に関し、通達を出しました。この史料は、その通達に添付されていた採用通知書の様式です。職種や初任給、勤務場所などのほか、試用期間の定めが記され、その期間を満足に終了した場合に常用労務者として雇用される、としています。【昭06-59(1)】

2-4「進駐軍労務者用坂本宿舎間取り図」 昭和25年(1950)
進駐軍で働く日本人向け宿舎は、神出宿舎や坂本宿舎などがありました。その内の坂本宿舎は、大津水耕農園で働く人々が入居しており、旧棟1棟と新棟2棟の計3棟が用意され、それぞれ8部屋と11部屋の計19部屋ありました。最大79人の入居が可能で、4.5帖~9.5帖の広さを持つ部屋に分かれており、炊事場、浴室、トイレなどは共用となっていました。【昭06-124(29)】

2-5「滋賀県駐留軍要員福利厚生事業<旧所・名跡めぐり>」 昭和33年(1958)5月
渉外労務管理機関が主催して、滋賀県に雇用されている日本人とアメリカ人の駐留軍要員のために企画された日帰り旅行です。102名の対象者2班が5月26日と27日の2日間に分かれて、それぞれ延暦寺から鹿苑寺金閣、苔寺、東大寺へとまわりました。経費は特別調達資金の中の労務費と米軍福利厚生費の支出限度額4万円まで使われました。【昭06-82】

