滋賀県管内全図
西明寺境内見取図
神崎郡山上村役場簿書蔵置所
県庁周辺図(園城寺并付属地境内図)
滋賀県史(府県史料)
県名改称の布告

   

3-1「京都電灯株式会社、大津市街電柱設置許可の件」 明治28(1895)年2月18日

 明治30年 1月1日に京都電灯株式会社は大津支社を設置し、大津営業事務所を上京町に、変電を行う減圧所を神出に設け、営業を開始します。この文書はそれに先立って県が、第2号国道東海道と仮定県道西近江路筋に電柱の設置を、無料で認めたものです。これにより町内に設置された400灯に送電が行きわたり、明治33年には膳所への送電も開始されました。【明な323(3)】

 

3-2「大津市内電話開通祝賀会祝辞」 明治39(1906)年12月1日

 電話開通祝賀会において、鈴木定直知事が述べた祝辞案です。電話布設に関しては、祭礼の曳山を巡行するときに差し支える、との反対意見もありましたが、大津商業会議所から逓信大臣への開設請願などもあり、実現しました。開通したのは、官公庁22台、商工業者123台の合計145台で、これにより大津市内の郵便・電信・電話設備が整います。【明お58-1(177)】

 

3-3「近江瓦斯株式会社企業目論見書」 明治42(1909)年3月5日

 この史料は会社発起人たちによって県に提出された、将来的な企業運営の計画書です。明治43年9月29日、県は瓦斯営業取締規則を定め、12月には大津瓦斯株式会社(近江瓦斯株式会社から社名変更)が大津市内の一部地域で、石炭を利用したガスの供給を開始します。現在とは違い、当時は熱源としてよりもむしろ光源として利用され、戸数676戸に設置したガス器具のうち、熱用は527個、灯火用は1959個でした。【明な272(3)】

 

3-4「大津市水道布設に付、企業目論見書」 明治42(1909)年7月29日

 明治後期頃までの大津は、明治18年に琵琶湖の水を京都市へ流すために始められた疏水工事の影響で、水源の枯渇が深刻でした。大津運河を掘りはじめたために、大津の西部地域一帯で、次第に井戸水などが枯渇していったためです。そこで、その代償として京都市がつくり、のちに大津市に引き継がれたのが西部地区の上水道です。これは大津市において最初の近代的上水道で、明治44年3月1日に給水を開始しました。【明な271(6)】

 

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