滋賀県管内全図
西明寺境内見取図
神崎郡山上村役場簿書蔵置所
県庁周辺図(園城寺并付属地境内図)
滋賀県史(府県史料)
県名改称の布告

   

2-1「工作物施設申請書」 明治45年(1912) 5月

 愛知郡の漁業組合から提出された内湖を利用した鯉の養魚場設置の申請書です。内水面漁業である琵琶湖の漁業は、漁獲量の維持・増大をはかるためには、養殖なども行わなければなりませんでした。明治33年には県水産試験場が犬上郡福満村(現彦根市)に設置され、鯉類漁獲量の増大に貢献しています。【明な199(6)】

 

2-2「鮎苗放流報告書」 大正14年(1925)5月

 近江水産組合から県に提出された鮎苗の放流報告書です。これによると、4月と5月のニ回、放流事業は行われ、東浅井郡姉川(現長浜市)で漁獲した稚魚を佐倉川など琵琶湖の支流に放流しました。その数はニ度の放流で2万5千尾に上ります。一時は全国の放流用鮎苗の70パーセントが琵琶湖産であると評価されていました。【大つ14(10)】

 

2-3「漁具及び漁業方法書」 昭和9年(1934)3月

 愛知川上流漁業組合が専用漁業免許を申請した際の添付図です。ここに描かれている「打網」は鮎、鯉、マス、イワナなどを漁獲するため通年使用したもので、水視眼鏡などを併用して魚群を一網打尽にしました。昭和9年の時点で、この組合だけで88名の打網漁業従事者がおり、十万尾の鮎放流計画も立てていました。【明つ28-2(7)】

 

2-4『滋賀県漁具譜』 昭和26年(1951)6月

 ここに掲載の簗(やな)漁は、アユやウグイ、ハスなどを漁獲する漁法で、古い漁法として知られています。河川で扇形にすのこを設置し、琵琶湖から遡上してきた魚を川岸にあるカットリヤナ、もしくはアンドンと呼ばれる部分に誘導します。安曇川河口の北舟木や姉川河口の南浜が大仕掛な簗の設置場所として知られていますが、近年はその数が減少傾向にあります。(県史資料5-48)

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