1-1「御山のしをり」 天保3年(1832)
天保三年に出版された日吉大社のガイドブックです。日吉大社は、最澄が比叡山延暦寺の守護神として崇敬したことにより、人々から信仰を集めました。元亀二年(1571)に、織田信長による比叡山焼き討ちを受けて建造物のほとんどは灰燼に帰し、ここに載せられている建物は安土桃山時代に再建されたものです。【明か22-3(6)】

1-2「延暦寺境外墓所取調記」 明治16年(1883)11月
延暦寺が提出した比叡山内に点在する墓所の調書です。坂本ケーブルが横断する一帯には、元亀以前の墓所地といわれる蓬莱墓や、土佐日記の作者として知られる紀貫之の墓所などがあり、現在でもケーブルを利用した数多くの人びとが墓参に訪れています。【明す539(93)】

