滋賀県管内全図
西明寺境内見取図
神崎郡山上村役場簿書蔵置所
県庁周辺図(園城寺并付属地境内図)
滋賀県史(府県史料)
県名改称の布告

6-1「長浜港水路開通願書」 明治13年(1880)5月13日

 明治15年、県の指導により大津・長浜間鉄道連絡船の新会社である大湖汽船会社が発足しました。この史料は、実業家として著名な大湖汽船会社の浅見又蔵が長浜港の改修を目的として、水路の開通を請願したものです。長浜駅と長浜港は隣接した利便性によってこの後、共に発展を遂げていきました。【明ぬ121-2(1)】

 

6-2「中山道往還隧道建築願書」 明治13年(1880)4月17日

 栗太郡大路井(おちのい)村(現草津市)を流れる草津川は、堤防の間に堆積した砂により川底が周囲の地面よりも高くなった天井川として知られ、中山道を通行する人々を悩ませていました。この史料はその解決策としてトンネル工事を求めたもので、6年後の明治19年、草津川隧道として完成します。【明な337(1)】

 

6-3「草津川隧道工事目論見調査に付」 明治18年(1885)11月25日

 この史料は、隧道の工事目論見書を作成するため、県の土木課が技師派遣を願い出た文書です。この実地検分を経て、明治19年3月20日には藤田組が施工を請け負い、長さ43.6、幅4.5メートルの隧道が完成しました。【明う108(82)】

 

6-4「田川カルバート付近絵図」 明治37年(1904)1月

 長年、水害に悩まされていた月ヶ瀬・田・酢・唐国の各村(現長浜市)を救うため、県令籠手田安定は田川カルバートの竣工に乗り出します。そして明治17年6月、ついに田川カルバートは完成しました。現在もその功績に感謝して、村民が建てた祠で籠手田は祀られています。【明ぬ139(73)】

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