2-1「琵琶湖疏水の儀に付上申」 明治17年(1884)3月19日
明治16年、京都府より琵琶湖疏水開削計画が持ち出されます。その水源となる琵琶湖を有する滋賀県では、開削にあたっての利害調査が行われました。この史料は、その結果を政府へ報告し、開削許可に対しての再考を願ったものです。本県にとっては「到底有害無益ノ事業」であると批判しています。【明ね33(17)】

2-2「関西鉄道会社設立并起業請願」 明治21年(1888)1月23日
明治期の大手私鉄・関西鉄道の設立及び起業請願書です。関西鉄道は、政府が敷設予定の湖東線(東海道線・大津ー長浜間、明治22年開通)と連絡する草津ー四日市間を基幹に、関西一帯へ鉄道網を広げました。しかし、明治39年の鉄道国有法により、国有鉄道「草津線」(現・JR草津線)となります。【明と51-3(3)】

2-3「瀬田川浚渫工事の件」 明治期
『滋賀県会歴史』第1編7の「附記」には、県会解散に関連する事件がまとめられており、この史料もその一部です。瀬田川の治水については長く県を悩ませ、幾多の議論が行われてきましたが、明治23年11月の臨時県会は、工事費用負担をめぐって「衆論紛々」たる状況であったと記されています。【資31】

2-4「御幸橋破損箇所の図面」 明治24年(1891)10月26日
明治24年10月24日、新設された愛知川御幸橋の橋渡式中に、通行人の加重に耐えきれず新橋が墜落するという大事件が起こります。本史料は、県職員が事故原因の調査を行った際に作成した図面です。部材がどこで分断されたのかなど、破損の状況が示されています。【明に20(19)】

