6-1「緑ヶ丘運動場仮停留場新設届」 昭和5年(1930)7月7日
緑ヶ丘運動場は、かつて全国中等学校優勝野球大会(現全国高等学校野球選手権大会)の京津予選が開かれていた球場です。そのため、仮停留場が京阪電鉄によって追分駅と四宮駅の間に建設され、大会期間中の10日間のみ、上り線乗客が降車することができました。【大と20-2(15)】

6-2「京阪電鉄京津線三条停留場附近線路実測平面図」昭和7年(1932)5月3日
京津線三条停留場の地は、江戸時代から東海道の終点として栄える交通の要所でした。当時は、東海道線の京都駅に至るルートが現在より南に迂回していたため、京都-大津間私設鉄道計画の多くは繁華街である三条を出発地と想定したものでした。【昭と27(3)】

6-3「京阪電鉄大津線浜大津駅附近実測平面図」 昭和9年(1934)2月
浜大津駅周辺の地域はかつて大津城や大津代官所があった大津の中心地でした。京阪電車は琵琶湖鉄道汽船との合併後、浜大津駅から左右に分かれて東西二線で琵琶湖鉄道汽船の既存線路に結びつけ、京都-石山間と京都-坂本間の直通運転を運行します。【昭と6-1(1)】

