2-1「湖南鉄道敷設認可申請書」 明治44年(1911)5月25日
湖南鉄道は大正2年に設立された会社です。8.7キロの行程は、狭い軌道で小型車両の鉄道を走らせる軽便鉄道の方式によるもので、近江八幡を起点として八日市に至っていました。昭和2年1月には太湖汽船の主導により、大津電車軌道との三社合併に加わり琵琶湖鉄道汽船に参画します。【明と92(16) 】

2-2「湖南汽船航路案内図」 明治末~大正期
湖南汽船は明治19年、谷口嘉助を社長として資本金30万円で設立されました。 紺屋関港を中心に発展を遂げ、ライバルの太湖汽船と汽車連絡権獲得競争を繰り広げます。明治27年には大津-石山、大津-坂本間の定期航路運航を開始し、遊覧汽船に営業の方針を転換しました。【明え283(27)】

2-3「湖南汽船乗降客数」 大正7年(1918)
明治期の大手私鉄・関西鉄道の設立及び起業請願書です。関西鉄道は、政府が敷設予定の湖東線(東海道線・大津ー長浜間、明治22年開通)と連絡する草津ー四日市間を基幹に、関西一帯へ鉄道網を広げました。しかし、明治39年の鉄道国有法により、国有鉄道「草津線」(現・JR草津線)となります。【大と7(3)】

