滋賀県管内全図
西明寺境内見取図
神崎郡山上村役場簿書蔵置所
県庁周辺図(園城寺并付属地境内図)
滋賀県史(府県史料)
県名改称の布告

6-1「皇子山略図」明治9年(1876)6月20日

 明治4年、明治政府は未確定陵墓の確定作業を行うこととし、弘文天皇(大友皇子)陵についても候補地の調査が進められました。調査段階で最も有力と考えられていたのが、これまで古墳があることすら知られていなかった滋賀郡錦織村の皇子山古墳でした。これはその皇子山の絵図です。【明せ99(79)】

 

6-2「弘文天皇陵の論」明治9年(1876)8月19日

 皇子山が第一候補とされる一方で、当時の籠手田県令は亀丘説を主張します。この史料は、その主張と亀丘が陵墓と治定されるまでの経緯を記した文書です。籠手田の説には社寺掛をはじめ多くの者から異論がありましたが、亀丘から古鏡などが発掘されたことにより、最終的に亀丘に治定されました。【明せ99(83)】

 

 

6-3「旧彦根城郭保存の件」明治11年(1878)10月15日

 明治天皇が彦根城を保存するよう指示したことを伝える文書です。廃藩後、兵部省、続いて陸軍省の所管となっていた彦根城では、不要な建造物が撤去されつつあり、ついに本丸・天守などまでが入札にかけられることとなりました。しかし、この話が明治天皇の耳に入り、取り壊しを免れたのでした。【明あ112(49)】

 

6-4「県庁内聖蹟標識図面」昭和14年(1881)6月23日

 大正から昭和初期にかけて、明治天皇が訪れた場所や建物などを「明治天皇聖蹟」として保存する運動が盛んに行われていました。明治天皇が来県時使用した旧県庁正庁もそのひとつで、昭和14年の庁舎改築の際にも移築保存されています。史料は聖蹟を示すために建てられた石碑の図面です。【昭の5(62)】

公文書館の紹介
2026年 (令和8年)
9月11日(金)
月~金 9:00~17:00
祝日・年末年始は休館