5-1「むべ伝献願書」昭和2年(1927)10月5日
“長寿の果実”「郁子(むべ)」(アケビ科)は、古来から歴代天皇へ献上されてきた果実です。この史料はむべの献上を願出たもので、むべの産地蒲生郡奥島の福居千之助から提出されたものです。昭和天皇へもむべを献上したいというこの願は認められ、鉄道便で宮内省まで送られました。【昭か86(5)】

5-2「(写真)明治神宮に献木された黒松」大正11年(1922)5月
明治神宮の造営時には、全国から多くの献木がありました。滋賀県も様々な木々を寄付しましたが、中でも、近江八景で有名な「名木唐崎松ノ種子ヨリ発生シタル小松」は「献木トシテ最モ適当ノモノ」として送られました。写真には、神宮宝物殿前石橋の右側に植栽された黒松が写されています。【資582・583】

5-3「献上品の儀に付上申」大正14年(1925)1月27日
皇室への献上品の中には伝統的なものだけでなく、当時最先端の工場製品もありました。それが、天然繊維にかわる新しい繊維として脚光を浴びていたレーヨンです。その製造企業である旭絹織株式会社(大正11年設立)からは、「我国最初ノ国産品」として「旭絹絲」などが献上されました。【大か22(86)】


5-4「(写真)日の丸を持った信楽焼のタヌキ」昭和26年(1951)
昭和26年昭和天皇行幸の際、信楽窯業試験場の正門際には日の丸の旗をもった信楽焼のタヌキが十数個並べられ、天皇を出迎えました。天皇はそれを見て、「をさなどき あつめしからに なつかしも 信楽焼の狸を見れば」と詠みました。この歌をきっかけに信楽焼のタヌキは有名になったといいます。【滋賀県所蔵】

