4-1「献立表(ヒガイ)」明治23年(1890)4月6日
明治23年来県の際、明治天皇は県庁で琵琶湖固有種のヒガイを食し、これを大層気にいったようで、その後も度々ヒガイを取り寄せたといいます。この出来事により、これまで漢字のなかったヒガイに「鰉」という字があてられました。史料は、明治天皇に随行していた親王、大臣らが食した献立表です。ヒガイに漢字がなく、カタカナで書かれていることがわかります。【明か4-2(42)】

4-2「所要御料品概略」大正6年(1917)
大正6年11月、滋賀県彦根町で陸軍特別大演習が行われ、大正天皇は13日から6日間、滋賀県に滞在することとなりました。そこで県では、新鮮な多くの食料を期間中滞りなく調達する必要が生じ、あらかじめ宮内省大膳寮(食事や餐宴を担当していた部署)と調整を行うとともに予定献立の内示も受け、調達の準備にあたりました【資510】。専用の温室などを設けるとともに、県内各地から食材が集められ、魚介類だけでも19種類が用意されました。【大か8-1(7-94)】

4-3「琵琶湖ホテル献立表」昭和17年(1942)11月17日
高松宮親王が琵琶湖ホテルに宿泊した際の夕食メニューです。外国人向けに設計された琵琶湖ホテルでの食事は洋食がメインで、料理の構成も、前菜・スープ・魚料理・肉料理・デザートとなっています。翌朝にはトーストや紅茶が出されたようです。色彩豊かなメニュー表の装飾も目を引きます。【昭か25(14)】

4-4「醒井養鱒場夕食献立表」昭和17年(1942)11月18日
高松宮親王が養鱒場でとった夕食の献立表です。皇室の食事は、視察先の施設で行われることもあったようです。高松宮親王が醒井養鱒施設を訪れた際には、その場で、鱒をふんだんに用いた食事が出されています。食事も視察の一環であったようですね。【昭か26(1)】

