滋賀県管内全図
西明寺境内見取図
神崎郡山上村役場簿書蔵置所
県庁周辺図(園城寺并付属地境内図)
滋賀県史(府県史料)
県名改称の布告

   

3-1「滋賀県下輦道略記」明治11(1878)頃

 明治11年の明治天皇行幸の際の県内の行程を記した絵図です。このときの行幸では、東京-京都間を馬車で約20日かけて移動しました。絵図によると、天皇は石川県から当時は滋賀県の管轄であった敦賀郡(現・福井県)へ入っています。また、絵図では当初の予定であった東海道から三重県へ入るルートが描かれていますが、実際には三重県下に疫病が流行していたことによりルートを変更し、中山道を通って岐阜県に入るルートがとられました。【明か22-3(5)】

 

3-2「第二太湖丸平面図」明治19年(1886)11月5日

 明治20年の明治天皇還幸では、主な交通手段として鉄道が用いられました。しかし、まだ鉄道のなかった大津-長浜間では湖上汽船が利用されました。これは、そのとき乗船した第二大湖丸の図面です。乗船時間はおよそ3時間30分でした。【明か6(2)】

 

3-3「県内御通輦時刻」明治36年(1903)11月9日

 明治22年東海道線(新橋-神戸間)が全通します。天皇の行幸における新橋-神戸間の所要時間は通算15時間47分と、格段に早く移動することが可能となりました。またダイヤグラムの導入により各駅の通過時刻が正確に割り出され、本史料のように事前に通知されるようにもなりました。【明か9-1(26)】

 

3-4「昭和天皇乗車の御料車」昭和26年(1951)

昭和26年の行幸の際、天皇は自動車で県内各地を巡幸しながら琵琶湖を一周しました。沿道の子供たちの中には「やねのないじどうしゃやとおもったら、ちがってちょっと、つまらない」という子もいたようです。【滋賀県所蔵】

公文書館の紹介
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