滋賀県管内全図
西明寺境内見取図
神崎郡山上村役場簿書蔵置所
県庁周辺図(園城寺并付属地境内図)
滋賀県史(府県史料)
県名改称の布告

   

2-1「御巡幸日誌」明治11年(1878)

 明治11年に明治天皇が来県した際の日誌です。右大臣岩倉具視や参議大隈重信・井上馨をはじめ、約400人の随行者を伴う大規模な巡幸に備え、当時の県令籠手田は、巡幸前に県内訪問予定地を点検してまわり、同時に近隣区戸長を集め「人民ノ不敬」や「無益ノ虚飾」を行わないように説きました。【明か3-2】

 

2-2「東宮行啓記念写真帖・ハガキ図案」明治43年(1910)9月

 明治43年の東宮(大正天皇)来県時、知事が治績報告を行う際の参考資料のひとつとして作られた写真帳の表紙図案です。常緑の松は滋賀県の「繁盛」を、城石は「滋賀ノ特徴」でもある多くの古戦場を表しており、獅子には「将来ヲ誇ルベキ県トシタシ」という思いが込められていたようです。【明か13(20)】

 

2-3「鶴駕奉迎記」大正7年(1918)頃

 この史料は、大正7年に皇太子の裕仁親王(昭和天皇)が来県した際の、県内の準備や当日の様子などが記された記録です。道路には土砂や砂利で穴埋めをし、前日から念入りに清掃が行われました。また、随所に緑門を設置し、湖上には装飾した蒸気船を浮かべて、皇太子を迎えたようです。【明か10(1)】

 

 

2-4「高松宮殿下本県御成箇所」昭和22年(1947)

 本県をよく訪れた皇室のひとりが高松宮宣仁親王です。昭和天皇の弟である高松宮親王は、昭和13年に近江神宮奉賛会の総裁に就任して以降、毎年のように来県しています。近江神宮の造営視察や社寺の参拝、近江兄弟社やレーヨン工場などの社会事業・産業施設の視察も行いました。【昭か28(19)】

公文書館の紹介
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