ライギョはカムルチーやタイワンドジョウなどの総称で、朝鮮・中国から移植された外来魚です。比較的繁殖力が強く、肉食性で水産有用魚種への食害などの危険性もあることから、戦前の滋賀県では県内に流入しつつあったライギョを「湖魚のギャング」と呼んで警戒し、1937年(昭和12年)に漁業取締規則を改正して、その防除に努めました。本展示では、そうした規則改正に至った背景や過程を公文書館所蔵の歴史公文書から紹介します。
※本展示の解説では、便宜的にカムルチーとタイワンドジョウなどを区別せず、一般的な総称であるライギョという呼称を使用します。

①「本令制定の理由」1937年(昭和12年)7月
当時の報道によると、関西を中心にライギョの移植・繁殖が確認され、各地の水産関係者がその駆除策を検討している中、滋賀県でも野洲郡の河川を中心に繁殖が確認され、琵琶湖をはじめとした水産業に被害を与える可能性から、取締規則を設ける動きに至ったようです(1937年7月1日付『大阪朝日新聞滋賀版』)。
展示資料は、ライギョの所持や販売、移植を禁止する県令(県規則)制定の趣旨を示した理由書です。この中でもライギョの繁殖力や貪食性(むさぼり食う性質)を危険視していることがみえ、また県内に流入しつつあった背景も示されています。資料によると1933年ごろに奈良県から持ち込まれ、その一部が流出するとともに、食用と称して移入されることが増えていたようでした。
そのため、これまで水産資源保護のために漁獲制限や人工採卵・魚苗の放流といった増殖事業を行ってきた県としては、水産資源保護に影響を与える恐れのあるライギョを排除する必要があるとして、ライギョの所持や販売、移植を禁止しなければならないと説明しています。【昭つ35-2(5-1)】

②「カムルチー科魚類の所持、販売竝(ならび)に移植禁止に関する件」1937年(昭和12年)7月
滋賀県は、展示資料①に示した趣旨に基づき、重要令達などを審査する県審査委員会にライギョに関する取締規則を付議しました。展示の資料は、県審査委員会を経て策定されたライギョを取り締まるための県令の条文案です。
条文では、ライギョの生体や卵を所持・販売すること、また漁業法(1910年(明治43年)制定)の適用を受ける水面や公共の水面につながる水面に移植することを禁止しています。そして違反したものに対しては、50円以下の罰金または勾留、科料のいずれかを科し、所持しているライギョやその卵を没収することなどを定めています。【昭つ35-2(5-1)】

③「カムルチー科魚類の所持、販売竝(ならび)に移植禁止に関する県令制定の件」1937年(昭和12年)10月2日
滋賀県は、ライギョの所持や販売、移植を禁じる県令制定にあたり、7月14日付で農林省に認可申請を行っています。これは、漁業法第34条で、水産資源保護のために地方長官が取締規則を制定するには農林大臣の認可が必要と定められていたからです。
展示の資料は、県の認可申請に対する農林省からの回答です。農林省はライギョ取り締まりの規則を単独の県令をもって制定するのではなく、漁業取締規則の改正で対応すべきであるとして、10月2日付で県に返し戻されています。このことを受けて県は、滋賀県漁業取締規則改正による取り締まりに改め、再度認可を申請して、農林省から10月23日付で認可を受けることができました。【昭つ35-2(2)】

④「滋賀県令第39号 滋賀県漁業取締規則中一部改正」1937年(昭和12年)11月6日
滋賀県は、農林省の認可を受けて、11月6日付の県令第39号をもって滋賀県漁業取締規則の一部を改正しました。展示の資料は滋賀県漁業取締規則の改正条文で、県の条例や規則の公布などを行うために発行される『滋賀県公報』に登載されたものです。内容は、展示資料②と同様に、ライギョの生体や卵を所持や販売、移植を禁止し、違反したものに対しては50円以下の罰金を科すとともに、所持しているライギョやその卵を没収するといったことが示されています。
また、こうした取り締まり以外にもライギョ防除策の宣伝に努め、雑誌『淡水』(第1号、1938年)には滋賀県水産試験場名で「カムルチーの撲滅に就て」を掲載しています。そこでは、ライギョによる食害などの危険性が示され、捕獲した場合はリリースせずにその場でしめることや、魚卵や稚魚の特徴を示して、発見次第駆除することなどを推奨していました。(滋賀県所蔵)
